前橋文学館ブログ

2021年07月17日 オノマトペ・モンスター

 現在開催中の「さくたろういきものずかん」展に関連して、「わくわくいきものカーニバル」第1回目を開催いたしました。たくさんのこどもたちが、読み聞かせユニットのドロップスの皆さんのお話に熱心に聞き入ったり、萩原朔美館長扮する「青猫さん」が出題したオノマトペクイズ(鳴き声のオノマトペをヒントに動物を当てるもの)に、全身を使って参加してくれました。ドロップスさんの読み聞かせやお芝居は自然体でありながら表現豊かで、見ているだけで笑顔がこぼれる素敵な空間でした。

  

出演者のみなさんのこだわりのアニマル衣装がかわいかったです!

 

 クイズを受けて、実際に朔太郎の詩を朗読する場面もあり、犬の鳴き声のオノマトペである「のをあある とをあある やわあ」や、猫の「おわああ」「おぎやあ」、蛙の「ぎよ、ぎよ、ぎよ、ぎよ」といったその独特な表現を、こどもたちは興味深々に聞いてくれました。

 

 

 

 萩原朔太郎は動物たちの鳴き声を、型にはまらない個性的な表現を用いて表現していますが、それにはこういった考えがあったことがわかります。

 

(前略)

諸君の耳には鶏の鳴声が常にコケツコーと聞え、雀はチユーチユー、水車の音はガタコン・ガタコンと聞えるのだ。しかし諸君の耳に個性があるならば、事物の音は必しもさう聴えないだらう。もとよりかうした物音には一定の言語がないのだから、それを聴く人の主観によつてどんな発音にも取れるわけだ。しかるに諸君は自己の個性を忘れ、世間一般の言ひ慣はしによつて聴覚するから、それで鶏はいつでもコケツコーと鳴くやうに思はれるのだ。(私は鶏の朝鳴をトーテクー・トールモーときいた。私の詩「鶏」を参照せよ。)

(後略)

「日本詩人」第4巻第6号(大正13年6月号)発表の「新詩人号」の選評より抜粋

筑摩書房『萩原朔太郎全集』第14巻 収載

 

 詩評を多くこなし、詩雑誌の選者も務めていた朔太郎。同誌に寄せられた投稿詩の選評に際し、もっと個性を前面に表してほしい、詩に生気を宿してほしいと願う先輩としてのアドバイスと、しかし独創的であることの難しさにも理解を示しつつ、そのヒントの一助として以上のことを語っています。

 やや奇抜にも思える独特なオノマトペ表現は、音に対し非常に鋭敏な感性を持っていた朔太郎だからこそ表出できた「個性」だったのでしょう。

 

 さて、ここで私からも皆様に問題です。以下のオノマトペの動物は、いったい何でしょう?

Q. てふ、てふ、てふ

 

 

 どうですか?わかりましたか?

クイズの答えは……文学館の展示会場で探してみてくださいね!

 

 なお、文学館では企画展とともに楽しめるクイズシートを用意しました。クイズの挑戦者の方には、1階でささやかなプレゼントを用意してあります。ご来館の際は、ぜひ展示を見ながらチャレンジしてみてくださいね。

 

2021年07月16日 虹の日

 関東は本日、例年より一足早く梅雨明けが発表されました。

 昨日まで毎日のように雨に降られていた前橋ですが、やっと天気予報に晴れマークが顔をのぞかせるようになりました。30度を超える日が続き、いよいよ本格的な盛夏到来を感じさせる今日この頃。思わずクーラーを解禁したという方も多いかと思います。梅雨にけぶる河畔で色とりどりに目を楽しませてくれた紫陽花たちも、この暑さに参っているようで、いよいよ見納めとなりそうです。我々としても、季節の変わり目なので熱中症に注意したいですね。

 

 さて本日は、「虹の日」だそうです。デザイナーである山内康弘氏により、「なな(7)い(1)ろ(6)」と読める語呂合わせと、例年梅雨明けに当たるこの時期に空に架かる虹に、「人と人、人と自然、世代と世代が七色の虹のように結びつく日」として、調和の想いを託し制定されたようです。

 虹は夕立の後に現れることが多いため、夏の季語としても親しまれています。萩原朔太郎全集第3巻より「短歌・俳句・美文」の項目を繙いてみると、次のような俳句が目に留まります。

 

わが幻想の都市は空にあり

虹立つや人馬賑ふ空の上

『遺稿』より

 

 掲句は、晩年の七句のうちの一句です。色彩のイメージから、一見明るく爽やかに受け取れますが、一連の作品と併せて読み、また寄せられた前書を考慮すると、理想郷を追い求める漂泊者としての自身の切なさを読み取ることが出来るように思います。

 

 雨上がりに虹を見つけたら、朔太郎が思いを馳せた「幻想の都市」が、そこにあるのかもしれませんね。

2021年07月06日 第49回朔太郎忌を振り返って

 7月3日(土)に、前橋テルサホールにて第49回朔太郎忌「月に吠えらんねえin前橋 朔くん×朔太郎」を執り行いました。

  

 

■第1部 リーディングシアター『月に吠えらんねえ』

 柳沢三千代さんをはじめ、福原美波さんや西村俊樹さんといった声優の方々とともに、俳優の手島実優さん、萩原朔美文学館館長らが、この日のために書き下ろされた脚本を臨場感たっぷりに朗読してくださいました。清家雪子先生による、同内容の振り返りツイートはこちらからご覧になれます。カワイイ!

 

 詳しくはお話しできませんが、冒頭のポップな進行から一転、どこまでも落ちていくような落差のあるシナリオに鬼気迫る怪演が乗り移り、あっという間にその渦に思わず引き込まれてしまいました。同じ演者の方なのに、別のキャラクターを演じると声音も雰囲気もがらりと切り替わってしまうのは、まさにプロの真骨頂!本当に不思議な心地で聞き惚れてしまいました。キャラクターを演じて下さったキャストの皆さまが明るく素敵で、本番まで何度も助けられました。

 

 さらに声優陣の皆様は、朔太郎忌の疲れも見せず、終幕後に文学館内を見学していかれました。皆様本当にありがとうございました!

  

 

 

■第2部 対談『吠えらんねえ』に『吠えたンねえ』

 『月に吠えらんねえ』作者である清家雪子先生と、詩人・作家・研究者・教授などさまざまな肩書を持つ松浦寿輝先生の対談が行われました。

 清家先生は2019年9月に『月に吠えらんねえ』の連載を終了し、現在は『月に吠えたンねえ』という名でリブート作品を連載するなど、今なお変わらぬ熱意で支持され続けています。今回はお二人が上記2作品について、時代背景や近現代詩の流れも踏まえつつ、様々な話題を交わしました。

 

 対談前には「研究者や、詩人の方と対談するのはこれが初めてです」とやや緊張の面持ちだった清家先生でしたが、いざ開演すると、方面は違えどマルチな鬼才として活躍するお二人だからこそ成立するような引き出しの豊かさに唸ってしまうような対談となっていました。

 

 以下私見ですが、『月に吠えらんねえ』は、『月に吠える』刊行以前のイメージである、だから『吠えらんねえ』である(そして、朔くんの性格はその頃のイメージが反映されている)という設定を受けて目から鱗が滝のように落ちました。他にも、『月に吠えらんねえ』誕生秘話や、『月吠』シリーズにおける作画の源泉になっている要素やリスペクト先など、作品の背骨を発見できる貴重な裏話が多く飛び出し、非常に濃厚な時間となりました。

 

 講演後に設けられた質疑応答でも、ファンや研究者の方による鋭い質問が数々飛び出しました。清家先生により仕掛けられたさまざまな工夫が今後ますます解釈されていき、十年先、二十年先と、あっと驚くような考察や『月に吠えらんねえ』論が展開され、研究されていくのではないかと期待が膨らむばかりです。

 最後に清家先生がおっしゃっていた「前橋と朔太郎」に関する講演のアイデアも非常に魅力的で、またのご縁があればぜひ聞いてみたいものです。どこかの機会でやれないかしら…。

 

 

 さて、詩人・萩原朔太郎の命日にちなみ朔太郎忌実行委員会を中心として執り行ってきた「朔太郎忌」ですが、昨年度からのたび重なる延期を受け、やっと開催にこぎ着けることが出来ました。このご時世に、安心安全にイベントを運営するということの難しさに何度も直面し、その都度職員全員で右往左往する数か月間でした。今はただ、円満に終了できたことに、ほっと胸をなでおろしています。ご来場の皆様には、感染症対策へご協力いただき、誠にありがとうございました。来年には、もう少し平穏に開催できることを願うばかりです。

 

 また、豪雨による災害によりお越しいただくことが出来なかった方に深くお見舞い申し上げるとともに、多くのご要望を受けまして、第2部の対談を前橋文学館YouTubeチャンネルにて編集後公開する予定です。続報をいま暫くお待ちくださいませ!

 

素敵な朔太郎忌でした。ご出演の皆様、お疲れ様でした!

2021年05月08日 朔太郎忌の開催延期を受けて

 前橋市出身の詩人・萩原朔太郎は、1942(昭和17)年5月11日に肺炎のため東京の自宅で亡くなりました。息を引き取る直前まで意識ははっきりとしており、会話もできた状態だったそうです。

 朔太郎も参加した詩雑誌「四季」は、昭和10年代という激動の時世にあって、抒情詩復興の機運の中心的存在を担っていた同人雑誌でした。同誌の編集人でもある堀辰雄は、彼の死に際して、同月22日にこう言ったといいます。

 

「なんとか紙の増配が欲しいものだ。日本一の詩人の追悼号だからなあ」

 

 その後も同人らと遺族の間で話し合いが持たれ、萩原朔太郎追悼号として特集を編まれた「四季」9月号は、朔太郎にゆかりのある多くの作家たちから寄稿を得、珠玉の一冊として今なお手に取ることが出来ます。

 

 

 さて、朔太郎の命日に最も近い土曜日に開催される「朔太郎忌」は、今年は5月8日(土)の本日開催予定でしたが、新型コロナウイルス感染症がさらに猛威をふるう昨今の状況を鑑み、7月3日(土)に開催延期となりました。楽しみにしてくださっていたファンの方には大変申し訳がなく…!しかし安心安全な開催のため、もうしばらくご辛抱いただければと…!

 6月5日(土)より、改めてチケットの販売・お取り置きを開始いたします。前者は文学館受付にて、後者はオンラインでお申し込みが出来ます。なお日程・会場変更に伴う再度のお申し込みとなるため、QRコードが変更となります。詳しくは当日こちらにアップされる、新しいフライヤー裏面にあるQRコードを読み取ってください。9時から受付開始となります。

 オンラインでのお申し込み手順に関しましては、前回と同様になります。事前にこちらをご確認いただければと思います。

 

 なお続報について今後も随時発信していきますので、当HPトップページ下部より各種SNSのアカウントのフォローをよろしくお願いします。ぺこり。

2021年05月05日 こどもの日

 本日5月5日は、端午の節句ですね。

 朔太郎は、「鯉幟を見て」という作品の中で、力強くはためく鯉のぼりの姿を通して子どもたちの未来にエールを送っています。常に何事か思案顔のこの朔太郎さんも、向かい側の施設で気持よく泳ぐ鯉のぼりを眺めているのかもしれません。

 

 

 さて、前橋文学館は6月19日(土)より、「さくたろういきものずかん ―朔太郎の世界を闊歩する生物たち―」を開催します。

画像クリックで企画展概要ページにジャンプします。

 

フライヤーからして、今までなかなか挑戦できなかったかわいいイメージに仕上げていただきました!

 蠱惑的な響きが多く、ともすれば対象年齢が上がりがちな朔太郎の詩作品ですが、今回は、朔太郎の詩に登場する様々な生き物たちに焦点を当て、大人も子どもも楽しめる展示内容を目指します。現在鋭意準備中!

 「朔太郎って誰?」という方はなおさらウェルカムです。

 さらに、お子様と一緒に参加できるイベントも各種企画が進行中です!まだまだ収まりを見せないコロナ禍ではありますが、安心安全に開催できることを願って…!これを機にぜひご家族で文学館にお出かけいただければと思います。

2021年05月04日 みどりの日

 

 本日5月4日は、「みどりの日」。昭和天皇が在位中に植樹祭に多く出席し、緑化事業に注力されたことを受け、緑や自然を大切にし、昨今の環境問題にも目を向けようと促すものとして制定されました。もともとは4月29日でしたが、2005年に国民の祝日に関する法律の改正があり、翌年から4月29日が昭和天皇誕生日へ、みどりの日が5月4日へと変更されたのでしたね。

 

 5月と言えば新緑の季節。広瀬川の遊歩道は輝く緑にあふれています。朔太郎も、5月と自然を結び付けた詩を多くうたいました。例えば、朔太郎の第二詩集『青猫』の中には、「野原に寝る」という詩があります。

 

野原に寝る

 

この感情の伸びてゆくありさま

まつすぐに伸びてゆく喬木のやうに

いのちの芽生のぐんぐんとのびる。

そこの青空へもせいのびをすればとどくやうに

せいも高くなり胸はばもひろくなつた。

たいそううららかな春の空気をすひこんで

小鳥たちが喰べものをたべるやうに

愉快で口をひらいてかはゆらしく

どんなにいのちの芽生たちが伸びてゆくことか。

草木は草木でいつさいに

ああ どんなにぐんぐんと伸びてゆくことか。

ひろびろとした野原にねころんで

まことに愉快な夢をみつづけた。

『青猫』新潮社 1923(大正12)年

 

 

 第一詩集『月に吠える』の刊行後6年の歳月の間で紡がれた、憂鬱で退廃的な主題の詩が多く収載された『青猫』の中で、「野原に寝る」や「馬車の中で」は、シンプルに陽気で清爽な詩としてひときわ異彩を放っています。

 

 自身の瑞々しい感性の広がりを、高く空を目指して伸びていく草木へと同調させ、思い煩うこともなく豊かな可能性を感じていく。長閑な野原に寝ころんで、そんな夢を見られたらどんなに気持ちがいいだろう、と想像してしまいます。芽生えの時期に読むのにぴったりな、のびやかで明るい詩ですね。

 

 なお、朔太郎は『純情小曲集』(新潮社 1925(大正14)年)に収載された「中学の校庭」の詩の中でも「ひとり校庭の草に寝ころび居しが」と書いています。朔太郎は中学時代に文学に傾倒したり、「線」の概念に取りつかれたことで勉学がままならなくなった時期があり、同じく寝ころんでいる詩であってもこちらには対照的な青春時代の苦悩がにじみ出ています。

 

 なかなかこの詩のように、気持ちよく野原に寝ころんで…とはいかないかもしれませんが、このみどりの日に、身近なところから自然に親しんでみてはいかがでしょうか。

2021年04月09日 第49回朔太郎忌の申し込みが明日から開始します

 1942(昭和17)年5月11日、萩原朔太郎は東京の自宅にて、肺炎のため泉下の客となりました。

 この詩人を偲び、生まれ故郷である前橋市は、毎年この日の直近の土曜日に「朔太郎忌」を催しています。今年は5月8日(土)に、昌賢学園まえばしホールにて「第49回朔太郎忌 月に吠えらんねえin前橋 朔くん×朔太郎」を開催します。

 

画像クリックで詳細なイベントページにジャンプします。

 

 お待たせしました!(待ちました!)

 昨年度に新型コロナウイルスの感染拡大を受けて開催を見送った同テーマですが、今年こそ!いやさらにパワーアップした内容でお届けできることと思います。

 

 それでは今回のプログラムのご案内です。

第1部……リーディングシアター『月に吠えらんねえ』

 みんな大好き・文学館スタッフも大好きな『月に吠えらんねえ』の原作エピソードを、原画と声を交えて今回の為に再構築しました。出演は柳沢三千代さん(声優)、福原美波さん(声優)、手島実優さん(俳優)、西村俊樹さん(声優)、萩原朔美当館館長。濃厚な『月吠え』ワールドを臨場感たっぷりに再現します。

 

第2部……対談『吠えらんねえ』に『吠えたンねえ』

 『月に吠えらんねえ』原作者である清家雪子先生と、文学界でマルチに活躍されている鬼才・松浦寿輝さんによる対談です。ところで『月に吠えたンねえ』といえば、華々しく最終回を迎えた『月に吠えらんねえ』のリブート作品として、マンガアプリ「Palcy(パルシィ)」にて連載中の作品名ですが…こちらのエピソードにも迫るのでしょうか?

 どんなお話が飛び出すのか、お楽しみに。

 

 なおチケットは、4月10日(土)より前橋文学館窓口にて販売開始します。遠方の方に向けてはお取り置き(当日会場引き換え)も行っています(こちらは座席指定不可となっております)。その場合は、イベントフライヤー裏面に掲載されているQRコードを読み取っていただくか、次のURLからチケットをお申し込みください。

(URL)https://tinyurl.com/yfpbuprf

※4月26日現在、イベント開催日延期のため、受け付けをいったん終了しました。詳しくはこちらをご確認ください。

2021年04月07日 春が来ました・書斎の壁紙の話

 広瀬川の流れを覗き込むように咲いていた桜の花は、今年は3月28日ごろに見頃を迎えましたが、これを書いている今にもあっという間に花びらを散らし、葉桜に変わりつつあります。

 コロナ禍の余波で、例年のような賑わいを見ることは難しいものの、桜は変わらず咲くということに前向きな気分をわけてもらいました。

 

 日本の春は、3回に分けてやってくると言われています。

 冬至を過ぎて日が長くなってきた頃、まず「光の春」がやってきます。次に雪解け水が流れ込む川のせせらぎや、鳥のさえずりが聴こえるようになって「音の春」が感じられます。そうして暫くの三寒四温ののち、やっと日々に穏やかな暖かさを感じるようになってくる。それが「気温の春」であり、その頃には本格的な春の到来が感ぜられる、ということです。

 多忙な時期に、ともすれば見落としがちなちいさな春の訪れをつぶさに歓迎するような、素敵な表現だなあといつも思います。

 

 さて、そんな春を迎えた前橋文学館では、かねてより計画していた、萩原朔太郎記念館の壁紙の再現と施工を行いました。

 

 

 三島由紀夫が自らの邸宅をロココ調に設えたように、朔太郎はこの頃セセッション式の建築に強い興味を示して、設計に汲み込みました。

 セセッション式をかなりざっくり言うと、19世紀末に保守的な工芸からの脱却を図って立ち上げられた三つの分離派のうち、クリムトをはじめとしたウィーン分離派の作品に見られる、幾何学的な意匠を取り入れた様式です。アール・ヌーヴォーから影響を受けており、日本においては大正時代初期にモダンな建築様式のひとつとして関心を集めました。

 

朔太郎がセセッション様式の意匠をあしらった家具たち(展示室)

 

 朔太郎が1914(大正3)年1月1日から2月6日までのごく短期間に書いていた日記を紐解くと、この書斎の完成に心躍らせていたことがわかります。

 

一月八日

 新らしい室の出来上る日を一日千秋の思ひで待つて居る。十日には窓かけ(﹅﹅)が完備する筈である。来月からは完美した室に住むことが出来る。この部屋の出来るのを待つのは春を待つ心である。

 春、春、春、こんなにして春を待つわが心のいぢらしさよ。

 

 

 他にも、リンネル(窓掛け)が気に入らなかった朔太郎は、再度デパートから取り寄せるなど、書斎改造にあたって熱心にトータルコーディネートしたことなども記されており、壁紙もまたそのひとつであると考えられます。

 この壁紙は、長いこと書斎の壁面に額装して掛けられていた当時の壁紙の断片を参考に再現したものです。

 

写真中央より左上に配置

 

 朔太郎待望の書斎は、1914(大正3) 年1月27日にいよいよ竣工します。

 詩人が32歳で上梓した第一詩集『月に吠える』や第二詩集『青猫』の原稿は、ここで執筆されました。また、ときには朔太郎が窓辺に腰掛けてマンドリンを爪弾く姿が目撃されたといいます。

 

 のちに朔太郎は、自身の生活や正直な所感を綴った随筆集『廊下と室房』内の中で、以下のように書斎を位置付けています。

 

僕の如く、家族の多い家では、第一に先づ室房が、一つ一つ独立した壁と鍵とによつて区画されねばならないし、何よりも先づ、瞑想に適するところの、暗い城塞のやうな書斎が無ければならない。

※1

 

 同書が出版されたのは1936(昭和11)年。世田谷区の、これもまた手ずから設計を行ったとんがり屋根の新築に移り住んでから書かれたものであるという背景の違いは無視できませんが、朔太郎が考える個室観、書斎観というものは充分に伺えると考えます。

 こだわり抜かれた瀟洒な空間は、朔太郎にとって充分に、孤独な要塞の役割を果たしたのではないでしょうか。

 

 また一歩往時をより偲ばせる趣に近づき、新たに生まれ変わった書斎を、ぜひご覧いただければと思います。

 

 

※1『廊下と室房』(第一書房 1936年)収載「日本の家」より

2020年12月13日 佐藤惣之助生誕130年!

 去る12月3日は、当館にて開催しておりました「夢よ、氷の火ともなれ―佐藤惣之助生誕130年記念展」でとりあげた、詩人佐藤惣之助の誕生日でした。

 のちに詩人として、萩原朔太郎に「室生犀星と双璧をなす」と言わしめ、流行歌の作詞者として西城八十とともに活躍することになった“佐藤惣之助”は、どんな人物だったのでしょうか?

 母うめ(むめ)は、惣之助の幼少時代について、次のように記しています。

 

 

 惣之助は赤ん坊から幼児にかけて別に大きな病気もしませんでしたので、育てる母としては楽の方でした。それに当時家には曾祖母、祖母など女の手が十分でしたので、曾祖母、祖母には「惣ちやん惣ちやん」といつて随分可愛がられ過ぎた程でした。あの子はかうした家庭に育つたところから、幾分神経質の傾向がありました。従つて癪の強い子ともいふのでせう。

 三歳になつてから釣を覚えたので、いつも曾祖母が一緒に連れて、自宅裏の小川に釣にゆきました。そして鮒、タナゴ、鰕(えび)などを釣りあげてゐました。とれますと喜んで一々家の人たちに自慢さうにみせました。その餌は曾祖母がいつも御飯粒に糠を混ぜてこしらえてやつたものでした。昔から「三つ児の魂百までも」といひますが、あの子は到々死ぬまで、釣とは縁が切れませんでした。四歳の時でした、曾祖母、祖母が毎日あの子にせがまれるので百人一首を読んでやるうち、到々全部の歌を丸暗記してしまひました。

(中略)

 五、六歳頃になると蒐集癖といひませうか、玩具等も同じものを多く集めるのが楽しみでありました。ネツキ、独楽などを始め、近所の子供たちを集めて遊ぶ神楽舞のお面なども沢山ありました。

 小学校へ上るやうになつても温順な子でしたから、他の子供と喧嘩したり、学校で乱暴するやうなことなどありませんでした。尋常科(当時四年制度)の卒業式には全学童の代表として答辞したのです。従つて成績はいつも優等でありました。

(佐藤うめ「惣之助の幼い頃」、潮田武雄編『佐藤惣之助覚え帖』櫻井書店、1943年より)

 

 

 惣之助は自身でも「三歳で釣をはじめた」というほどの釣好きでありましたが、母親の目からみても「縁が切れない」納得の釣り好きだったのですね。生涯切っても切れないほど、生活のなかにあった「釣り」ですが、友人や仲間たちには単純な趣味としてだけでなく、別の理由があると感じられたようです。

 

 

 明朗な一面に淋しがり屋の性格もあつたやうだ。君の「釣」は君の世俗的楽天主義からの逃避でもあつたし、またその孤独感を自ら慰める手段であつたかもしれない。

(川路柳虹「佐藤惣之助君を憶ふ」潮田武雄編『佐藤惣之助覚え帖』櫻井書店、1943年より)

 

朝早く起きて自分で弁当をこさえ、終日うきを見つめて暮らした彼の人の境遇は、私にどこまでも似ていた。そして孤独な人生を釣りにまぎらして死んでいった。

(古賀政男「佐藤惣之助さん」『自伝 わが心の歌』新装増補版、展望社、2007年より)

 

 

 また、小さなころから、おだやかな性格であったこというのは、惣之助が亡くなったあとも、仲間たちやあまり面識のないような文学者たちもが人柄に優れた人物であったと語っていることからもわかります。

 

 さて、企画展「夢よ、氷の火ともなれ―佐藤惣之助生誕130年記念展」は終了しましたが、多くの皆さんに佐藤惣之助について知っていただきたいと思い、当館の公式youtubeにて、惣之助作の劇作をリーディングシアター(朗読劇)に仕立てたものと、佐藤惣之助没後に彼の同人たちによって編まれた『佐藤惣之助覚え帖』より抜粋したエピソードの朗読動画を公開しています。

こちらもぜひご覧ください。

 

2020年12月01日 田村セツコさんと池袋コミュニティ・カレッジの皆様がご来館くださいました

 早いもので、本日から12月となりました。広瀬川河畔に植えられた背の高いイチョウやケヤキはすっかり葉を落として寒々しい姿になってしまったものの、本日は例年にないような温かい日差しに恵まれて、穏やかに12月のスタートを切ることが出来ました。

 

 さて本日は、文学館3Fオープンギャラリーにて企画展を開催中の田村セツコさんが、ご自身で講師をされている池袋コミュニティ・カレッジの皆様とともに来館してくださいました!

 館長がごあいさつした後、ツアーの皆様はいよいよ展示会場を、セツコさんのガイダンス付きで巡られました。

 展示会場には萩原葉子さん(こちらも文学館2階にて企画展が同時期開催中です)との思い出の作品も多く展示されており、お二人のエピソードをお話しくださいました。また、セツコさんは今回の展覧会のためにこれまで何度も足を運んでくださり、展示空間に様々なグッズを手ずから華麗に飾り付けてくださったのですが、それらをどのようなコンセプトで取り入れ、展示空間を作り上げているかというような貴重な裏話も生き生きと聞かせてくださいました。セツコさんの説明を受けながら、池袋コミュニティ・カレッジの皆様が作品をじっくりと見つめていらっしゃった横顔が印象的でした。

 

 

 とっても朗らかでキュートなセツコさんの姿に、職員も元気をチャージできました。皆様、本日はお越しいただきましてありがとうございました!

 

 なお、文学館1階エントランスでは、真っ白なクリスマスツリーを様々な表情のアップルちゃんが賑やかに飾ってくれています。田村セツコさんファンの皆様は、こちらも必見です。

 

 

  次の田村セツコさんの来館は12月14、15日の予定です。

ご予定のよろしい方は、ぜひセツコさんに元気をもらいに展覧会へ遊びにきてくださいね♪

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