新潮展「教えて 風元さん!」Q&A

ご来館のみなさまの質問に編集者がお答えするコーナーのQ&Aをまとめました。

風元正(かぜもと・ただし)
1961年3月28日川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。1983年新潮社に入社。「新潮」には86年〰2003年、2019年〰22年の間在籍した。ほか、週刊誌、月刊誌、単行本など活字仕事全般に従事。著書に『江藤淳はいかに「戦後」と闘ったのか』(中央公論新社)。現在、boidマガジンに《Television Freak》を連載中。


Q. 表紙のデザインがいつもステキで好きです。どのようにコンセプト、雰囲気等、編集部として依頼しているのでしょうか?

A. 「新潮」に限らず、文芸雑誌がデザイン性を重視しはじめたのは21世紀に入ってからです。創刊号の表紙画は平福百穂。以来、東山魁夷、高山辰雄、富本健吉、林武、石本正などのさまざまな画家の絵とロゴの組み合わせが基本でした。私が担当した期間だと、藤原新也さんの写真を使った2年が印象に残っています。前編集長の矢野優がロゴタイプに大竹伸朗さんを起用して、過去のイメージを一新しました。以下、現編集長の杉山達哉からの回答です。「現在、表紙は編集長がデザイナーとやり取りして決めています。月の上旬に、次号の表紙で大きく打ち出す要素やコンセプトを伝え、月末の校了に向かって、ラフに細かく注文を入れつつ進めていくという流れです。なお、2025年1月号で、雑誌ロゴを含めたデザインリニューアルを行いました。表紙・目次・本文まで、誌面全体をLABORATORIESというデザイン事務所に設計してもらっています。原稿だけでなく、その見せ方も編集方針の一環だと考えています」

Q. 鳥肌が立つような作品にめぐり合うことは多々ありましたか。

A. まず、表現として「鳥肌が立つような」という言葉はあまり使いません。近似的な体験として、締め切りがとうに過ぎた原稿を待って、ようやく届いた深夜には「鳥肌が立」ちます。とりわけFAXだった時は、その前で寝たりしているので、まずぞくぞくします。内容については、むしろ「感涙」するような素晴らしさでしょうか。多々あって選べません。生原稿の第一読者というのは、そういうものです。

Q. 編集者をしていて一番嬉しいことは?

A. 「新潮」にあまり縁のなかった若手の原稿を掲載して評判をとることです。佐伯一麦「ア・ルース・ボーイ」(三島賞受賞)、保坂和志「この人の閾」(芥川賞受賞)、中原昌也「あらゆる場所に花束が……」(三島賞受賞)、阿部和重「インディヴィジュアル・プロジェクション」などがとりわけ印象に残っています。萩原賞を受賞した最果タヒさん「恋と誤解された夕焼け」は雑誌から担当させて頂いたのですが、現代詩新世代の受賞という意味で感慨深いです。

Q. 年表の「註」は誰がどのように選んでいるのですか?

A. 基本、「新潮」100号の時に年表を監修された国文学者の曽根博義さんが方針を決め、編集部等が補っています。文学賞、ベストセラーになるなどの社会的事件との関わりが中心ですので、恣意性はかなり低い選択です。

Q. 編集の仕事をしていて、これだけは譲れないということは?

A. 誤植を出さないことです。しかし、私は校閲の才能がないので、日々悩んでいます。

Q. 編集者をしていて一番困ったことは??

A. 掲載を決めて、締め切りをとうに過ぎた原稿の著者と連絡が取れなくなることです。発売日が決まっている雑誌は白紙が出ることが一番まずいのですけど、売れっ子などの場合ギリギリまで追っかけます。それゆえ、起こる現象です。

Q.編集者になりたい人(なりたい子どもが?)日頃からやっておける(勉強できる)ことってありますか?

A. 大批評家・小林秀雄は、新潮社の屋台骨を支えた編集者・齋藤十一に「トルストイを読め」と言ったそうです。ロシアの大作家の長い小説ですから、実行はむずかしいですけれども、誰でもいいので個人全集を全部読むというのはプロの読み手になる早道です。簡単な方から言うと、読書は閑暇、ヒマな時にやることなので、ひとりでぼんやりして、文学に接する習慣を身につけるだけでいいです。詩、短歌、俳句など、短い作品を味わうだけで十分です。小説だってぜんぶ読む必要はありません。意味など考えず、音読して好きな一行を暗誦するような読み方が力になります。

Q.人生で一番悩んだ時は?編集者として、そんな時は本を読むのですか?

A. 編集者だからといって、本ばかり読んでいるわけではありません。悩みにもいろいろありますけど、誰かを怒らせた、仕事の量が多すぎて終わらない、恋愛がうまくゆかない、というような具体的難題には、書かれた言葉など物の役に立ちません。ただ、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』は10年、マンの『魔の山』は5年、何度もトライしては挫折してようやく読み上げたのですけど、名高い大長編小説に熱中する、無駄といえば無駄な時間を持つことは心の支えになります。

Q. 「新潮」に編集後記がないのはなぜですか?

A. 戦後、最初に編集長になった新潮社を代表する編集者・斎藤十一の「編集者は黒子に徹すべき」というポリシーを踏襲しています。ただ、文芸というジャンルは著者名とタイトルだけあればわかる世界なので、あまり必要を感じないこともあります。昔風の考え方かもしれませんが。

Q. 1人の編集者が担当する作家さんは何人くらいでしょうか。ベテランや新人などで人数が違ったりしますか?

A. 私は一番多い時、担当表の人数が百人を越えたことがあります(笑)。小説や評論だけでなく、哲学・詩・短歌・俳句・美術など、さまざまなジャンルの人を担当したからで、人数はあまり意味がないです。実質的には有力な書き手を十人ほど、新人を数人担当するくらいで手一杯です。ただ、雑誌は世の中の動きに対応する必要があるので、時々で重点作家は変わってゆきます。キャリアを積めば担当は増えるとして、大声では言えませんが、平等に密接な付き合いをしているわけでもないです。

Q. 編集者に向いている人はどんな人?

A. どうなんでしょう。自分が向いていると思いません。いろんなタイプの人がいます。とにかく、約束を守ることですか。待ち合わせは時間厳守。原稿を頂いたら返事をする。坂口恭平さんじゃないですけど「事務」が大切です。もうひとつ、自分が文章を書くわけではないので、おおらかに構える神経が肝心です。

Q. 目次が折りたたみ式なのはなぜですか?

A. 現在の四つ折りの形は「観音開き」といいます。一枚の紙に掲載した文章のタイトルと著者名をぜんぶ載せて、しかも活字の大きさや配置する位置などで重要度を表現できます。それゆえ、目次があれば編集後記はいらないのです。作家によっては、目次の幅を計ってライバルの大きさと比較する人もいます。右トップが一番重要な作品です。

Q.今回受賞された最果タヒさんは、あまり表に出ない方と伺いましたが、どの様な方なのでしょうか?

A. 詩というジャンルは、顔と作品を結び付けられることが多いです。萩原朔太郎、中原中也、宮沢賢治、谷川俊太郎、吉増剛造、茨木のり子……みんなそうです。最果さんは、読者に純粋に作品を味わって頂くため、顔を出さないという選択をされました。私は、「常識」から導き出された判断と受け取っています。ご本人はとてもきちんとしたテキパキとした方で、普通の生活感覚を大切にしておられます。

Q. 令和の今、手書きの原稿の作家さんはいらっしゃるのでしょうか。

A. 吉増剛造、金井美恵子、山田詠美、保坂和志、江國香織、田中慎弥の各氏が手書きです。亡くなられた大江健三郎さんや古井由吉さん、あるいは展示されている吉増さん、詠美さんの文章を読んでいても、手書きには一定の意味があると思います。ほかに名が挙がっている方々も、みな独特の個性がある書き手です。けれども、多勢には無勢で、印刷所もだんだん対応できなくなっているので、データ入稿になるのも時代に流れで、止むを得ないですね。自分自身も、どんどん漢字を書けなくなっています……。

Q. 編集の仕事の魅力はどんなところですか?

A. キャリアを積めば、自分が読みたい原稿を書き手のみなさまに依頼することができるようになります。仕上がった時、不思議なことにかなりの割合で予測よりいい出来になる場合が多く、掲載して大きな反響があったりすると本当に嬉しいです。もうひとつ、めちゃめちゃに細かく指定した原稿が、美しい本や雑誌の形になることには単純な喜びを覚えます。 

Q. 目次は誰がどのように決めるのでしょうか。

A. 目次は編集長が決めます。そのために編集長がいるといってもいいです(笑)編集部員として、不満があっても、口にしたことはありません……。

Q. 編集の仕事をしていて、作家さん以外に「この職業・仕事をしている人はすごいな…」と思う印刷・出版関係の仕事はありますか?

A. 趣旨とはズレるかもしれませんけど、大組織の印刷会社は余力がすごくて、よほどの事件でない限り対応できます。個人の仕事である文芸編集とはまるで違う論理で動いていて、いつも感心します。あとは、デザイナーや校正者の能力は、私の手の届かない領域です。だいたい、編集者の仕事は形に見えないものですし、なかなか胸を張って生きるという感じにはなりません。

Q. 雑誌をつくるにあたって、校正や作品の分量など、編集の方から希望や方針を作家さんに出すことはありますか?編集者としての作為のようなものが誌面にあると感じることはありますか?(会期中もう文学館に来れそうにないので、ご回答を遠くからでも拝読できる方法があると嬉しいです…)

A. 少なくとも、私に関わる限り、 編集者と書き手はどのような誌面を作るか、方針を共有しながら進めています。「編集者としての作為」がなければ、編集という仕事は不要ということになりかねません。もちろん、事前に予測できない事態もありますけど、都度相談に応じています。とはいえ、常に100%の合意というのも難しく、慣習で流している面もないとはいえないです。仕事上のコミニュケーションに悩みは尽きません。

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