和合亮一 “Ladder outside”

和合亮一さんが、新型コロナウイルス感染拡大の現状を踏まえ、ツイッター(@wago2828)で発表されている“詩の礫「Ladder」”。4月19日に続編が発表されました。全編をご紹介いたします。

Ladder outside

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震災九年。津波があった海辺で、ある方はお参りをしていた。すると強いまなざしの気配がした。慌てて振り向くと、一匹の猫の視線だった。この時に思われたそうである。「心の中の釣り鐘が揺れた」。それから被災地の動物保護の活動を始めたというお話をうかがったことがある。

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震災九年。夏の川原に、たくさんの果物が捨てられていた。見かけた方が呟いたことがあった。「一つずつ声が聞こえるみたいだった」。話をしていたさなか、言葉にならない、心の響きのようなものがよぎった気がした。アニミズムの影だったのだろうか。いや、違う。私の心の中の釣り鐘が揺れたのだ。

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震災九年。春。福島。緊急事態宣言。ずっと家の中に隠れるようにして、放射能の影におびえて過ごした月日を思い出している。悲しみと怒りの悲憤の中で余震にさいなまれていた日々がよみがえる。揺れない余震が続いている、か。「詩の礫」を書き続けて自分の中で一つ、たどりついたことがある。 

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日本語の中には、現在と過去と未来の時空間があるということだ。たった一人であっても言葉の時間を守れば、今は閉じこもるしかない心を壊すことなく保ち続けることが出来る。本を読むのもいい、ブログやTwitterに書き出してみるのもいい、電話で話すのもいい。私への懸命な言葉は私を裏切らない。

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新型コロナウィルスは人類に牙を剥く最小にして最大の影である。自然の脅威そのものであり人間の目にはとらえられない何かだ。原発が爆発してからの震災の日々に分かったこと。しかしそれでも自然への、空や大地や母なる海への親しみを失ってはならない。何故なのか? 心が壊れてしまうから。

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原発が爆発し、放射線量の数値に悩まされてしまったあげく、福島の野山や海の風景が、全て灰色に見えてしまうという悩みを幾人かに打ち明けられたことがあった。歳月が経って眼の前が少しずつ色合いを取り戻してきた様に見えてきたという話も。その時に心が少しずつ回復したことを人々は実感してきた。

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誇りを失ってはいけない、言葉を失ってはいけない、故郷や今を暮らしている街への思いの強さを無くしてはいけない。私たちには言葉がある。本を開いたり、SNSに書きこんだり、電話をかけたり。沈黙ばかりが美徳ではない。たった今、心の色が失われてしまいそうなら、言葉で色を塗りこめていくのだ。

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誰の心の中にも 釣り鐘がある 世界中が孤独にさいなまれている いま さなか それを自分なりに 揺らして 鳴らしていこう 鐘の音が 街や空のかなたから 聞こえてくるような 気がしたとき いま さなか 私たちは 一人じゃないことを知るだろう

 
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(上記の全編は和合亮一氏フェイスブックhttps://www.facebook.com/ryouichi.wagoに掲載されています。)
 
 

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