街には物語が必要だ

2017年09月01日

 「今この街は何が一番必要なのか」
 「何を作るべきなのか」
 住民が集まってそんな会議をする場面を想像してみた。集会所とか音楽ホールや劇場、公園。それぞれのさまざまな想いが錯綜するだろう。現在わたしが住んでいる地域は、老人ホームが足りないから結論はすぐ出てしまうかも知れない。
 戦後すぐ、全ての物資が不足している時に、金沢の街の住人によって、「今この街に何を作るべきか」の会議が行われた。
 出た結論は、美術大学である。市民ホールでも遊園地でもない。イメージして欲しい。焼け野原のような光景に大学である。芸術や伝統工芸を育む教育こそ、自分たちが暮らす土地には必要だと考えたのだ。衣食住よりも文化という結論はすごい。現在の金沢美術工芸大学がそれだ。今でも、金沢美大の入学式では、この創立の住民の心意気が語られるという。
 先日友人と会うために金沢美大を訪ね、このエピソードを教えてもらった。羨ましかった。創立の物語が校是として生き続けているからである。街の景観作りも独自の決まりを作っている。住民と美大の教授と行政とが一緒に決めているのだ。
 街には物語が必要だ。街を作った人たちの心意気。その物語を伝えることで、街を愛する気持ちを育てるのだ。
 前橋は何を作った街なのか。改修工事が終わった臨江閣だ。
 先日内部を見せてもらった。大勢の人が集まれる広間は圧巻だ。迎賓館として建てられたという話だった。そうなのだ。前橋という街は、まず人を招くための施設が一番必要だと考えたのだ。ここは重要なことだ。家を建てる時に、台所を第一に考える家族がいる。リビングが大事という人もいる。寝室だという人もいるだろう。
 しかし、前橋という家族は、応接間が家のなかで最も大事だと考えたのだ。
 お客様をどう迎えるのか。お客様の寛げる空間を作りたい。その空間を街のシンボルにしたのが前橋というわけだ。おもてなし、とか昨今言っているけれど、前橋は明治17年からおもてなしの心を世界に表明していたのである。

 

 

(「群馬経済研究所」寄稿 H29.9.1)

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