麦秋至

2020年06月03日

 あっという間に6月に突入しました。緊急事態宣言が解除され、広瀬川の周辺も活気が少しだけ戻ってきたように思います。

 前橋文学館は6月1日(月)から臨時休館より再開いたしました。とはいえ予断を許さない状況下での開館ですので、閲覧できる展示品に制限がかかっていたり、完全予約制で入館者数も限らせていただいており、ご迷惑をおかけするかと思います。一日でも早く安心安全にお出かけができるようになることを祈っています。

 

 さて、二十四節気をより細分化した七十二候によれば、この時期は「麦秋至(むぎのときいたる)」といい、麦の収穫期にあたります。群馬県は麦作が盛んなこともあり、移動中に時折、麦秋を迎えざわめく麦畑を遠くに目にすることが出来ます。朔太郎の詩にも麦が登場する作品が多数ありますが、真っ先に思い描くものはやはり「天景」でしょうか。

 

 

天景

しづかにきしれ四輪馬車、

ほのかに海はあかるみて、

麦は遠きにながれたり、

しづかにきしれ四輪馬車。

光る魚鳥の天景を、

また窓青き建築を、

しづかにきしれ四輪馬車。

 

 萩原朔太郎は「詩の音楽作曲について」(萩原朔太郎全集(筑摩書房)第6巻所収の詩論)で、この詩について「初夏の明るい光に輝いた自然を、軽快な四輪馬車の幻想に表象して、一種の浪漫的なノスタルヂアを歌ったもので、徹底的に明朗爽快の詩」と解説しています。

 また、前橋出身の詩人であり同上全集の編者の一人である伊藤信吉は、麦畑が朔太郎にとって「明るさに満ち、心理の陰影や惑わしなどの出てくる余地がない、という意味」かと考察しています。

 

 夏の季語としても耳にする「麦秋」ですが、ほかにも麦にまつわる言葉は多くあり、例えばこの時期に吹き麦穂を揺らす風を「麦嵐」「麦風」や「麦の秋風」、この時期に降る特有の雨を「麦雨」と呼ぶなど、麦の存在が日本人の生活に密着した存在であったことがうかがえます。

 萩原朔太郎も、きっとどこかで照映する麦畑をまなざしに収めていたのでしょう。

 

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