犬の名は。

2020年05月13日

 5月13日は「愛犬の日」だそうです。

 突然ですが、あなたは犬派、猫派のどちらでしょうか?私は……決められません!しかしあえて言えば…やっぱり決められません!それぞれ違った魅力がありますよね(と、お茶を濁しておきます)。

 犬好きで知られる文豪といえば、川端康成や志賀直哉、菊池寛などが上がります。萩原朔太郎は、その作品に多く猫が登場することもあり、圧倒的猫派…と思いきや実は犬派で、犬を飼い続けました。東京に転居していた頃は、動物好きでご近所さんの詩人・室生犀星と連れ立って狂犬病予防注射に行ったこともあったことが犀星の日記に残っています。一方の猫もまた、朔太郎にとって詩情を与える動物として魅力的に存在し続けたようで、「猫」「ウォーソン夫人の黒猫」や「猫町」にも表されるような、憂鬱でミステリアスなイメージを持ち続けました。

 

 さて、写真を趣味としたことでも知られる朔太郎ですが、『萩原朔太郎撮影写真集 完全版』(みやま文庫 2009年)を見てみると、朔太郎が撮影した明子さん(朔太郎次女)と飼い犬の写真が4枚収録され、“犬の名は朔太郎が命名した「トコ」である”と書かれています。しかしこの「トコ」、資料になかなかその名前を確認することができないのです。

 

 「トコ」に代わり多く登場するのが「ノネ」という犬です。「ノネ」は「ノーネーム」という愛称のシェパードの雑種犬で、三好達治や萩原葉子による伝記、室生犀星の日記、犀星と朔太郎の書簡でのやりとりの中にも登場します。

 

 

「名のない犬」といふ萩原家の飼犬が、深夜の馬込の坂の上で一人酔漢になつた萩原をとらへ、くんくん鼻を鳴らして迎へに出るころは、萩原家の二階の電灯は消え、ダンスの会は終つてゐた。

室生犀星「詩人とその娘」より抜粋

 

 僕の所の犬ノネを主人公として、一扁(※)の小説を書き給へ。今の君の心境に於て、吃度面白く新傾向のものが書けるだろ(※)う。
 ノネは今朝また近所の大犬五疋を対手に乱闘して、遂に片耳を食ひ切られた、あはれむべし。

(※)部は傍点・付

萩原朔太郎室生犀星宛書簡より(1929年5月16日)

 

 「ノネ」について、萩原葉子の伝記『父・萩原朔太郎』によると「父も母も犬好きで、ノネというセパードを飼」っていたと書かれています。他にも三好達治が「ノネといふのはシェパード崩れの猛犬であつた」、室生犀星が「無性者の萩原までがセファードの交ざつたむく犬を飼つていて、猛烈に吼えるので容易に近づけなかつた位であつた」と記しており、これらは『萩原朔太郎撮影写真集 完全版』に登場するトコの特徴とは該当しません。

 「トコ」は朔太郎にとって、どういった犬だったのでしょうか?

 幻の(?)トコの謎には、これからも迫っていきたいと思います。

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